2009年7月23日木曜日

幸せの在処

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クローバーを見かけました。
四つ葉はありますかね?
アップする前に探したけど、
やっぱり見つからなかったです。


久しぶりに四つ葉探しをしました。
幸せになれるという、四つ葉のクローバー。

探しているうちに、不意に客観的な自分が居て。
僕だけかも知れないですけど、何か人間って面白いなぁって。

きっと、自分を磨く努力とかした方が、
幸せに近づける気はします。

四つ葉のクローバーを探すより、
そっちに時間を使った方がいいはずです。

四つ葉のクローバー探しに夢中な自分が、
何となく滑稽に思えてきて。

でも、幸せになるには、
「幸せになろうと思わないと始まらない!」とか思ったり。


それほど深くない葛藤に、
自分が笑えたことがとても新鮮で。


四つ葉を見つけられなくても、
笑顔にさせてくれたクローバー。


今日は1つ笑顔になれました。
その点はクローバーに感謝しなくちゃいけないですかね。


そんな幸せな時間をくれたクローバー。
「幸せになれる所以はここにある!!」
…なんて、
深読みし過ぎですかね。

ソフトバレーボール大会

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今回はコーチとしての参加。
残念ながら初戦敗退。
強豪チーム相手に善戦しました。


なかなか大きな大会で、
全体的に年々レベルアップしているように思います。


優勝チームは関東大会への出場となり、
その先は全国大会へ。
代表チームには頑張ってもらいたいです。

ひとまず、皆さんお疲れ様でした。

2009年7月16日木曜日

ボランティア活動で

 前橋市の  主なイベントです。  

      今回は七夕祭り。
      車椅子ボランティアに参加しました。

おそらく、僕としては3回目です。
車いすで押して七夕を見て回ります。


車いすを押して感じることは、
なかなか平坦な道はないということ。

ちょっとした登りや段差というのは、
普通に歩いている時は感じないものですね。
先週、まだ梅雨明け前に行ってきました。
天候にも恵まれました。
と言っても、汗がダラダラと…。


途中、七夕祭り実行委員会本部でうちわをもらいました。

印象的だったのは、
僕が押させていただいた車いすの方の行動です。

うちわをもらって自分を扇ぐことはされないのに、
子どもを見かけると扇いであげるのです。

何て言えばいいんですかね。
無償の優しさというか、親切というか。

何かいいものに出会わせてもらったと思います。

2009年7月14日火曜日

萩焼


教会で茶道教室を行っています。
僕も都合がつけば参加してます。

さて、写真の茶碗、下の部分が欠けてます。
これは萩焼の特徴らしく、
今では見られないようになったとのこと。

そして、こんな作りになったのには、
次のような説もあるそうです。

その昔、殿様が利用されていた物との区別をするため、
町民が使用する物は、わざわざ欠けさせていたとか。

「これは欠けていまして駄作であります」
「殿様と同じものではありません」
といった感じで。

そういう話もある、といったレベルでのことですが、
最初に思いついた人はスゴイなぁって思います。


どうしたら、みんなで使うことができるのか。

そして考えた結果が、

使用する際も支障が出ない場所を欠けさせる、というもの。

ダメな理由を探すのではなく、どうしたらできるのか。

考え方として、
先ずそこに目を向けたところが素晴らしいなぁと思います。

2009年7月9日木曜日

病気になりませんか?


ボランティアで行っているデイケア。
精神障害者の方の福祉施設です。

いよいよ来週に迫ったソフトバレーボール大会。
昨日も練習に参加してきました。

今回の大会、出場資格は病気であること。
僕は選手として試合に出ることはできません。

1つ飛び抜けたチームがあって、
なかなかそのチームに勝つことができないでいます。

練習中にメンバーさんから
「病気になって、試合に出てくれればいいのに…」
「病気になりませんか?」
と、声をかけてもらいました。

何か、嬉しかったですね。
ボランティア冥利に尽きる、というか。

この度の大会ではサポート役に徹しますが、
みんなで声を出して、悔いのないゲームをしてもらいたいです。

より近づけたから、より強く感じます。

2009年6月29日月曜日

雨の中での地鎮祭


あいにくの雨…
となりましたが、
地鎮祭を仕えさせて頂きました。

時折小雨になりましたが、
父である教会長はあえて傘をさしました。



雨降って地固まる…なんてことをすぐ口にしそうですが、
やはり雨が降ってしまったことに、
自分としての至らなさを感じます。
梅雨時とは言え、晴れて欲しかったと強く感じました。

晴天でも雨天でも、神様のご都合。
ここから何かを感じて欲しいという、神様からのメッセージ。
神風ならぬ「神雨」となることを願って…。

ASKAさんの「はじまりはいつも雨」を思い浮かべました。
もしかしたら…
雨に何か強いメッセージが込められているかも知れません。

そのメッセージが送られた時に、
その電波をきちっとキャッチできるように、
自分の心のアンテナを整備しておきたいと思います。

2009年6月18日木曜日

駐車場での出会い

今日は年配の信者さんが参拝され、帰りにご自宅まで送る途中、
買い物のお手伝いをさせていただきました。

その方は足が不自由で、カートがあれば歩きやすいこともあり、
僕は車を止めて先ずカートを取りに行く…という流れがあります。

カートを取って帰ってきたら、
外国のアジア系と思われる家族連れの方達の車が
僕が止めた隣の車だったらしく、
買い物を終えて戻ってきたところでした。

年配の信者さんが立ち上がり車から出るまで少し時間がかかります。
ちょうどタイミングが重なってしまったのですが、
その外国の方は買い物袋を抱えたまま「どうぞ」と笑顔で言ってくれました。
お子さんも待たせていたのですが、「スゴイなぁ」と心の中で思いました。

そして、年配の方を立ち上がらせようとする時に、
僕に「持ち方が違うよ。手じゃなくて脇だよ」と言ってくれました。

駐車した隣同士だったので、スペースが狭く、そこまで行けなかったから…と
情けない言い訳を心の中で唱えつつも「あ、そうなんですか」と聞くと

「私、ヘルパーの資格持ってるから。脇を持ってあげるといいよ」

と教えてくれました。

年配の信者さんと共に通り過ぎた後、
振り返って頭を下げると、こちらに頭を下げてくださいました。

子供を待たせる、ヘルパーとしての知識を伝える、頭を下げた相手に頭を下げる。
日本に滞在されてどれくらいかは分かりませんが、
忘れがちな礼儀、年配の方を敬う姿勢は日本ということでなく、
親からきちんと伝えられてきたものを、
自らが子供たちに自然と伝えようとしている姿が見て取れました。

それは、計算して出来るものではなく、
培ってきたからこそ、出来るものなのだと思います。

わずかな時間の出会いでしたが、
日本人の自分として、改めて「親切な対応」を考えさせられた一コマでした。