2017年10月16日月曜日

秋と冬。

一段と寒くなりました。山茶花(さざんか)が咲いています。雨で散っているものもあって。




秋の終わりから冬にかけての花でして、童謡「たき火」の歌詞にも登場します。

天気予報で気温を知ることができ、服装の対策も立てられますが。
季節の花や童謡のイメージで改めて寒いということが分かります。

先人の知恵でしょうか。

何となく覚えている童謡の歌詞には、動植物や景色が登場します。
自然や季節を感じさせてくれます。
天気予報で気温予想が出されて、暑い寒いを思うわけですが、
やはり「生きているもの」の変化を目にしますと、より実感できます。

何か、共に生きているからこその実感なのだなぁと思います。

雨の中で、鳥たちが柿を啄みに来ています。
すばしっこくて写真に収めることはできませんが、鳥も寒さを感じつつ食べ物を探していることでしょう。

童謡の歌詞を思い浮かべつつ、秋と冬を感じた肌寒い朝でした。

2017年10月12日木曜日

熟成中


木通(あけび)を頂きました。
なかなかお目にかかれなくなりましたね。
スーパーとかで、探せばあるのでしょうか。
開くまではナスと見間違う感じです。

子どもの頃、多分バナナの仲間だと思ってました。
見た目はソックリですし。

もう片方の、開く前の分を見ると、
開くまで、本当に守っているのだなぁって思います。

最終的には、種子を運んでもらうため。
動物が好む匂い、味。
頃合いを見て、次代に託すために。

自己満足だけでなく、
他己満足をさせつつ、
最終的に自己の目的を果たす。

そこには、食欲に訴えかけるものがあります。
きちんと、需要に応えうるものとしての
完成されたものがあります。

次代に託すことは何だろうか。
自分の中で、育てられているだろうか。

タイミングを間違うことなく、
成熟する過程を踏んでいきたいものです。

2017年9月28日木曜日

夏の終わり。

もうすぐ10月です。
衣替えになりますが、
夏がまだゆっくりしてるようで、
服装が難しい今日この頃です。

先日、電線に器用に捕まって啼くセミがいました。
もう少し、学校とか、
緑がある所の方が「可能性」があるんじゃないか。
そんなことを思って見つめてました。
緑が無くなってきたのが原因―
と考えながら、いや待てよ、と。
すぐに色々と結びつけて考えがちだと、やや反省。

セミは精いっぱい啼くことに、先ずは意味があって。
どこで啼くとかは次の話かなぁ…と感じました。

繰り返し続く声には「啼く」を当てるようです。
セミには啼くが似合うと思っています。

先ずは精いっぱい。
取り組む事柄があるのであれば邁進したい。
その事を教えてもらった夏の終わりでした。

2017年8月22日火曜日

夏から秋へ。

アサガオを見かけました。夏を感じます。立秋から秋分までが残暑期間のようで、残暑に入って2週間が経過しました。残りは1ヶ月。



例年、夏を名残惜しく思う性分なのですが、今夏はふとこの時期にブログを更新することとなりました。どちらかと言うと、お盆を過ぎてから余裕が出てきて、何か見通したくなった感じです。こう、自分の中で、何かで遮っていたようにも思います。それは忙しさだったかも知れません。暑さに思考回路が滞っていた部分もありそうな感じです。暑さにようやく慣れてきたのでしょうか。

夏から秋に向けて。
○○の秋とは、よく聞きますが、その準備も含めて取り組みを見出だしていきたい今日この頃です。

2017年6月30日金曜日

涵養。

最近知った言葉です。かんよう。

意味は、

自然にしみこむように、養成すること。
無理のないようだんだんに養い作ること。

何とも素敵な言葉です。
「醸成」の手前、準備の段階。

自分として出来るようで、それでいて難しいこと。
一瞬、指導側が仕掛ける言葉のようで、
自らの心がけとして、必要なことのように思えます。

信仰においても、無理があっては、
しみこまないように思います。

染み込むのか、浸み込むのか。
そんな変換を考えてみたり。

意識して、自然に。
自分に働きかける姿勢として、
求めていきたいものです。

2017年4月28日金曜日

還暦。

先日、茶道ボランティアへ
行かせてもらった時のこと。
私は荷物運びがメインでしたが。

ある利用者さんが
「自分で点ててみたい」と
言ってきました。



自分でお茶を点てていくうちに、
「60年ぶりみたい」と、
昔、習っていたことを
思い出されたそうです。

ご本人も、職員の方も喜んでおられて、
「お手伝いして良かった」と
思いました。

60年前の、習い事との出会い。

その場に出会い、時間を共有させて頂き、
ありがたく感じました。

2017年4月12日水曜日

窓越し。

昨日の冷たい雨の中、何とか持ちこたえている桜。



今日は夕焼けに映えていました。
もう、葉桜へ移りかけですが。

…何か、頑張ろうと思いました。