2008年7月4日金曜日

外灯をちょっと直しました。

外灯の看板の字が薄くなってきたので取り外して、
文字を書き直しました。
けっこう高い所にあるので、おっかなびっくり梯子で上って…。

ペンキだとたれてしまうということで、ポスターカラーみたいなもので書きました。
改めて、これを目印にして来られた方も居るんだろうなと思いながら。
しかしながら、蛍光灯を替えてみたものの、灯りはつかず…
こればっかりは専門の方でないと難しいかも知れません。
少しずつではありますが、
年月にまたひとつ重ねさせて頂けるように。
そして、
新たな目印となってもらえるようにと願います。

2008年7月1日火曜日

玄関に手すりがつけられました。

杖をついての参拝者も増えてきたため、ある信徒の方が手すりをつけてくださいました。

以前からあるような、同じ色のものを見つけてきてくださいました。

写真では分かりにくいかも知れませんが、

とてもしっかりとしたものです。

少しでも参拝への不安や心配をなくして、

安心して参拝できる教会にならせていただきたいと願っています。

2008年6月20日金曜日

たこさんソーセージ


境内の柘榴の木。
花と共に実も落ちておりました。
子どもの時はお弁当のソーセージに似ていたので、
よく拾って遊んでいました。
柘榴の木も年を重ねるに連れて、
余分な実は自ら落としているようにも思います。
実をつける分を決めているかのようです。
ここでも学ぶべき何かがあるように思います。

2008年6月16日月曜日

目に飛び込んで来るもの

出張からの帰り、高崎駅で両毛線に乗り換えて前橋駅まで。

高崎から15分くらいですが、疲れもあり、座れなくて辛いなぁと思っていて。

そうしたら、車窓越し、線路の真ん中に草が生えていました。



使われている線路なので、そのうち抜かれるか、

伸びても列車に轢かれてしまうでしょう。

…でも、草は草として、草らしく生きているんですよね。

たまたまそこに線路があっただけの話。

草として生きているだけのこと。

そんな堂々としている草を見て、

疲れに心まで萎んでいる自分が情けなくて、

笑えてきてしまいました。

何に疲れているんだろうって。

このタイミングで目に飛び込んできたもの。

まだキャッチできていることが、

ありがたく思えた出張の帰り道でした。

2008年6月12日木曜日

車椅子ボランティア

今年2回目の車椅子ボランティアに参加しました。
場所は都市緑化フェアに合わせて整地されたバラ園です。
車椅子のスロープが出来ていて、乗り入れしやすくなっていましたが、
もう少しスロープがあっても良かったかなと思いました。
車椅子ボランティアに参加するようになって、
バリアフリーの見方がだいぶ変わったように思います。
「車椅子でも入れるんだ」では、まだ不十分なんですよね。
それに「押してもらう」ということが前提の勾配だと、
見られる人が限られてしまうなということも感じました。
それでも園内は見違えるように整えられていて、
会話も弾み、楽しい一時を過ごすことができました。

花がキレイ。
当たり前のようですけど、この当たり前があるから、
散策に行こうとか、出かけようという気持ちが沸き起こるわけです。
花が花らしく咲いてくれるから楽しむことができる。
人間も人間らしく生きなければと教えられた一日でもありました。

2008年6月5日木曜日

梅と雨

今日は境内の梅を収穫しました。
しとしと雨が降っていて、文字通りの梅雨を思わせる日でした。

収穫した梅の中で2つほど、蜜が出ているものがありました。

虫が開けたのかどうかは分かりませんが、

木になっている時から写真のような状態でした。

正直、雨が降っていたので早く終わらせようと思っていたのですが、

綺麗で、それでいて不思議な梅の表情を見つけて、ハッと思いました。

「あぁ。生きているんだな」って。

早く終わらせようとしていた自分。

梅に対して何とも申し訳ない気持ちになりました。

梅としては、ありのままの姿なんでしょうけどね。

ありのままが、当たり前に思えたら、ダメなんでしょうね。

2008年5月26日月曜日

地鎮祭

先日、地鎮祭を仕えました。

金光教では
「神である土地にお礼申し上げ、工事中の安全を祈願し、その家を願う」
儀式です。

…といっても、私はお手伝いでいきました。

まだまだ祭主を仕える立場ではありません。


写真は土地を浄めるためにまかれた塩です。



不浄穢れを浄めるためにまく、というものですが、


パソコンのシステムツールで言えば「デフラグ」になるかと思います。


知らず知らずのご無礼不行き届きをお詫びし、土地を浄めるためのものです。


浄めることを通して、自らの心をも綺麗にしていくのだとも思います。


前橋は風の強いところです。


以前地鎮祭を行った時に、強風で天地書附を奉掲していた額が倒れ、


割れてしまったことがありました。


祭典後、工事関係者の方が「神風が吹きましたね」と

仰ったことを覚えています。


これは単なるプラス思考ではなく

「地鎮祭を仕えた。さあ、これから建築するぞ」というような、

心の面での準備が整っておられたから、言われた言葉だと思います。


単に儀式を仕えるのではなく、その時の心の持ちようがどうであるか。


信仰をする上で迷いのない姿勢を改めて教えられた、

私の大切なエピソードです。