2014年8月28日木曜日

季節の変わり目は?

このところ、秋、とりわけ秋が深まったような季節を感じる日々です。
私も布団を出しました。
今までのように「扇風機やクーラーを使って寝苦しい夜を何とか…」
という感じではありませんね。

風邪を引かないように気をつけなくては、と思いつつ。
もう少し夏を感じていたいような気もします。
残暑お見舞いという時候の挨拶が使いづらい今日この頃です。

身体が慣れてこない時期で、夏の疲れが出てきそうな頃ですが、
どうぞ皆様、御身ご大切にお過ごしください。

2014年8月17日日曜日

どちらを取るか。

余白と余地とがあって。
言葉のことを、
本当に深くまでは調べてないんですけどね。

余白は、あえて白を残すというか、
描かなかった部分までも構図として残すもので。

余地というのは、まだ開発の余地があるとか、
努力すべき点であったり、出来れば残したくない部分で。

こう、どっちがいいのかなぁって。
場面によっては
使い分けなくてはいけないような気もするんです。

ぎっしり詰め込みすぎてもいけないし、
残し過ぎると全体像としてボヤけてくる。
注目させるという点では、必要な図法かとも思います。

余白を含めて、どう描くか。
余地をどこまで突き詰めていくか。

どっちを取るか。どちらが足りないか。
何事にも当てはまるように思います。



2014年8月11日月曜日

前提条件。

何かにつけて前提条件と言いますか、
それが達成されていると「当然のこと」へと変化されてきます。

勘違いが始まっていきます。

そこからさらに、無いものねだりとなってしまうことがあります。

実は、その前提条件が満たされていることが、
有り難いことであるはずなのに、です。

より良くしたいという気持ちから、
足りない平等でないという気持ちが生まれてきます。

…と、難しいような表現で書き始めてみましたが(笑)

こう、何と言いますか、
通り過ぎてしまっていることほど、
大切にしなければならないと思いますし、
簡単に通り過ぎてしまえていることは、
有り難いことであるのかも知れません。


今日は車で東京を往復しました。
都内は少し混んでいまして、結構疲れました。

車の点検や安全運転を心がけてはいますが、
事故や故障なく往復できたことは有り難いことです。

これまで、車にて東京を何往復したかは分かりませんが、

もっと素直に、
単純なことをスゴイことだと、
当たり前のようなことを有り難いことであると、
感じて参りたいものです。

当然のことですが、
時間に余裕を持ち、車の性能と自らの状態を整えておくこと。

前提条件を見直すこと。見つめ直すこと。
気持ちということでも、整備しておきたいものです。

2014年8月4日月曜日

秋に向けて。

昨日は浦和で会議がありました。

道中のJR、スタンプラリーの話をする家族連れ。
降りる駅を間違えないようにと一生懸命な子供。
8月最初の日曜日は、夏休みのど真ん中。
色々と微笑ましい光景を見させて頂いております。

浦和での会議では10月のレクリエーションについて
話し合われました。
今回はオブザーバーとしての出席でした。
これから事務局の方たちが内容を詰めていくことになります。

夏真っ盛りではありますが。
秋に向けて、また動き始めています。

2014年7月31日木曜日

時の流れ。

7月31日を迎えました。
当然のことなのですが、7月と8月は31日まであります。
この月またぎは、夏休みという期間でもあり、
夏の暑さもありで、スーッと行ってしまいがちです。

仕事で出かけるにしても、
何かと家族連れや若い方たちを見かけることが多く、
曜日感覚もズレてきます。

幸いなことに、私は毎月の教会報作成がありまして、
その月をふり返ることができています。
…まぁ、編集に追われることも多いのですが。

先日、農作業の奉仕活動に出向きました。
ゴーヤ、なす、そしてブドウが出来ていました。
月に1度程度しか伺えないのですが、
その都度、成長と少しずつの四季の変化を感じさせて頂いています。

時間に追われての生活は、慣れを生み出し、
同じパターンが多くなると、短く感じていきます。
その日、その時は長いのですが、
ふり返るとあっという間の1年…ということがあります。

ですので、その流れの中で変化があることは、
とても大切なことであったりもするのです。
印象として記憶されることは、
ここまでとこれからとを繋ぐ、大事なバトンとなります。

月初め、上半月、月末。
改めて、意識させて頂きたいと感じます。


2014年7月25日金曜日

努力。

昨日は朝早くに車で出発をし、
前橋教会2代教会長でもある、
本郷教会西村伝蔵先生例年祭に参列させて頂きました。

祭典の2時間前に奥城(おくつき・お墓の意)に参拝させて頂きました。

高速道路を往復したわけですが、
故障車を何台か見かけました。
5日前に高速のSAで給油の際、
「これは群馬でタイヤがもたないですよ」と言われ、
渋々タイヤ交換をしました。
正直、残金が心細かったところもありまして。

しかしながら、改めて故障車を見かけて、
替えておいて良かったなと感じます。
その時はお金の心配が先に立ったわけですが、
やはり安全や安心が大切です。

何となく情けない心模様でありましたが、
人から言われたことに対して、
謙虚に受け止める努力が必要だなぁと感じました。

2014年7月22日火曜日

定型句。

なんくるないさー、という言葉。
沖縄好きの僕は「なんとかなるさ」という意味だとおもってました。
しかしながら、この言葉には定型句があるそうです。

以下、ニコニコ大百科の単発記事から引用しました。

そーけー=(人として)正しい行いをしていれば」「なんくるないさ自然と(あるべき様に)なるものだ」、
つまり「挫けずに正しいを歩むべく努すれば、いつかきっと報われて良い日がやって来る」ということであり、
儒学者胡(こいん)著『致堂読史管見』に由来する諺「尽人事命=人事を尽くして命を待つ」や
英語の諺 "Do the likeliest, and God will do the best." に相当する言い回しであった。
そして前半が省略された「なんくるないさ」もそういうニュアンスで使われ続けていたのだが、確かにこれだけだと
自然と(なるように)なるものだ」とも解釈可であるため、単に「何とかなる」と言う楽観的見通しを意味する。

以上が「なんくるないさ」についての記事です。
改めて読ませていただいて、なるほどなぁと感じました。
方言は、その言葉自体に親近感がわきます。
しかしながら、本来の意味は、段々と省略されて伝わってきます。

楽観的見通しというものは、
本来そのような心構えなのかも知れませんね。