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2013年8月20日火曜日

8月25日(日)、上尾市文化センターにて、

群馬埼玉教会連合会主催
『教祖130年記念集会』が開催されます。

入場は無料ですので、ぜひご参加ください。

2011年5月8日日曜日

東北ボランティアを終えて

金光教の東北ボランティアに参加しました。

テレビで見るより、実際に見た被災地での光景は、
想像を絶するものがありました。

現地では、その臭いに驚かされました。
また、下水道の影響からトイレが使用できない場所が多いです。
水道が使用できない所も多く、
重機などで作業がなされていますが、
水を巻くことができず、埃がすごいです。

ヘドロがたまっていて、水で洗い流すにしても、
下水道が先ず整わなくてはなりません。

テレビや固定電話が使用できず、情報を得ることが難しいです。
新聞や携帯電話からニュースを知ることができますが、
改めてテレビやパソコンのインターネットから
情報を得ていたのだな、と痛感しました。

80センチほど地盤沈下しているそうで、
復興にはまだまだ時間がかかると思います。
地盤を上げ、地盤を固めて…それからの建設になります。
その前に都市計画がなされなくてはならないのです。

漁業の町ですから、港が復活しなければなりません。
そのためには、電気(冷凍倉庫)が必要です。
その上で加工業や近隣の飲食業が戻ってくるのだと思います。

また是非東北に行きたいと思っています。
そして、復興への願いを込めて、祈り続けたいと思います。

2011年3月12日土曜日

東日本大震災について

前橋教会は全員無事です。
また、福島に出張中であった私の妹も、今朝帰宅いたしました。
建物の損壊もありません。

関東では、建物の損壊があった教会がございますが、
人的被害については、今のところ、連絡は入ってきておりません。

東北につきましては、未だ確認の取れない教会もあります。

取り急ぎ、ご報告申し上げます。

2010年12月4日土曜日

教話講師


「教えの話をする」講師をさせて頂きました。
改めて自分の名前があると身が引き締まりますね。

話すことは自分に返ってきます。
それは確認作業でもあるかと思います。

自分ではまだまだと思いつつも、
そういった場を頂ける事が有り難いです。

伝え方を、感性を、
今後とも磨いて参りたいと思います。

2010年11月19日金曜日

講師


14日、熊谷にて講師を務めてまいりました。
改めて、こう名前が書かれていると緊張しますね。

話したい事がありました。
話せなかった事もありました。

原稿は作っていきましたが、
上手に話せたかどうかは分かりません。

ただ、その時話せなかった事は、
まだ話すべき事ではなかったのかも知れません。

話す、という事は難しい。
自分の思考以外で、話させる何かもあるような気もします。

何事も勉強。経験を大切にして参りたいです。

2010年10月10日日曜日

秋の学校

群馬埼玉教会連合会の青少年育成プロジェクト
「秋の学校」

10月9日 雨の中行いました。

この企画担当で、てんやわんやしておりました(笑)

 プロゼクト…ネイティブの発音ということで…


父である教会長が火をくべております。 

 

栗の開け方 足で広げて…棘に気をつけてね
                    

流しそうめんで使った竹を

ボーリングに使ってみたり

雨の中、室内を中心としたプログラムとなりました。

当日はバックアップして頂き、ありがとうございました。

2010年6月7日月曜日

東京寮教話実習

金光教東京学生寮 に教話実習に行ってきました。

概要につきましては、つっさんの心の旅 というHPにあります。
ここの管理人さんには、たくさんお世話になっております。

「教えの話」というのは難しいです。
そして、若い人に向けて話すというのは、また色々と考えます。

自分が「これは素晴らしい」と思っても、
それを伝えることができなければ勿体ないことです。
意味がない、ということではなくて、
せっかくの経験が、とても残念なことになってしまうと思います。

「伝え方」をこれからも勉強していきたいです。

2010年3月2日火曜日

沖縄遺骨収集2

3月になりました。
季節と年度が替わる月。
皆さん、忙しくなると思いますが、体調管理にもお気をつけください。

さて、沖縄遺骨収集ですが、
リンクにあります「つっさんの心の旅」にも書かれております。
その中の「沖縄遺骨収集3」に私が登場しております。
是非ご一読ください。

HP管理人である「つっさん」さんの描写はスゴイなぁと思います。

2010年2月28日日曜日

沖縄遺骨収集


写真は沖縄戦没者墓苑の地図。
ここを囲むように、各都道府県の塔があります。
群馬の塔もありますね。

2月20日~21日、金光教の沖縄遺骨収集に参加しました。
今回で2回目の参加となります。
この戦没者墓苑がある平和記念公園の周辺が
作業区域でもあります。

21日は金光教以外にも、
2団体ほどが遺骨収集を行っていたようです。

…戦後65年、まだご遺骨が出てくるのです。
ご報告が遅れておりますが、どうにも上手く伝えることができず、
今日になってしまいました。

向き合おうとすればするほど、その表現が正しいのかどうか。
また、上手く伝えようとするものなのか。

そんな思考が頭の中をグルグル回っています。

2008年9月19日金曜日

殊勲賞



いただいてしまいました。しかも中近組で。

初めてのソフトボール大会出場。

群馬県からの参加はおそらく一番遠かったかと思います。

私自身、ソフトボールチームの監督をしてますので、

これで少しは胸を張れるかな?と思います。

額に入れてみると、思いの外いい感じですね。

2008年3月4日火曜日

2月17日、沖縄遺骨収集2日目

沖縄遺骨収集2日目、天候にも恵まれ、暖かい陽気となりました。
沖縄で「暖かい」という表現は不思議かも知れませんが、
今年は遺骨収集当日を迎えるまで天候を心配されていたとのこと。
雨ではなかなか作業が難しいというふうに想像します。
上記の写真はよく分からないかも知れませんが、弾丸の破片です。
沖縄が戦場となったことを物語るものです。
一見、岩の色と区別がつきにくいです。
不発弾の可能性もあるので、むやみにさわらないようにとのこと。
火薬というものは、濡れても関係ないそうです。
こちらは金光教の祭壇です。
発見されたご遺骨は、丁寧に土や埃を落とし、慰霊祭を仕えた後、
公共の納骨堂に納められるそうです。
今回は3体の「完全一体」のご遺骨が安置されることとなりました。
「戦争」というものが残したもの。
それを考えようとしても、今この時も世界では戦争や紛争が絶えることがありません。
そうとして、世界真の平和を願い行動することを続けることが大切です。
今回の遺骨収集御用奉仕を通して、なかなか言葉では表現することが難しいですが、
体験から体感することができたと思っています。
この体感してきたことを、今度は言葉として語り告げていく使命があると感じています。
「停戦」や「不戦」ではなく、やはり「非戦」を願い、祈っていきたいと思います。

2008年2月28日木曜日

2月16日、沖縄遺骨収集1日目

沖縄遺骨収集初参加の1日目、先ずは作業に使う道具を持っていきます。
一番上は縄ばしご、続いてスコップ、鎌、つるはしなどです。
つるはしは柄の小さいものと使い分けたりします。
僕は平和祈念公園周辺の担当となりました。
作業する場所では草木が生い茂っており、鎌が必要とのこと。
それと土を掘る道具の2つを持ちました。
慣れている方はラダー(縄ばしご)などを持っていきます。

縄ばしごは、このような岩穴で使います。(下から見上げて撮りました)

そして、このような岩穴での中では、振り上げることができないため、

柄の小さいスコップやつるはしが必要となります。

戦時中は、防空壕はもとより、こういった自然の穴に隠れたりしたそうです。

ちなみに、この穴の奥から、ご遺骨が発見されました。

形が綺麗に残っていて、波の満ち潮で流れてきたのではないか、とのことでした。

風によって、山肌から見えてきたりということもあり、

昨年は捜索して見つからなかった場所でも、

今年になって発見されることが多々あるそうです。

2008年2月19日火曜日

金光教沖縄遺骨収集奉仕

今回で35回目、私自身は初めて参加させて頂きました。

参加者数は金光関係者、一般参加者を含め、延べ93名以上。

しばらく、私なりに体験したことをご報告させていただきたいと思っています。
尚、これまで開催された沖縄遺骨収集については
下記URL「南部戦跡に膝をつきて」

こちらをご覧いただければ、内容が詳しく分かると思います。

私事で申し訳ございませんが、色々と立て込んでおりますので、

折を見て、ご報告させていただきます。