台風による大雨により、各地で被害が出ています。
亡くなられた方々の霊の立ち行きを、
避難生活を送る方々の安心と、
復旧作業に当たる方々の安全をお祈り申し上げます。
また、日本の食を支える北海道の農業にも、
大きな被害が出ているようです。
先ずは二次災害が出ませんように。
どうか気をつけてお過ごしいただきたいです。
2016年9月7日水曜日
2016年7月31日日曜日
梅雨明けとなって。
例年よりも遅い梅雨明けとなったそうです。
いよいよ夏本番、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
境内に池がありまして、格好の水飲み場で、
いろんな鳥が水を欲してやってきます。
このところ、境内にキジバトのつがいが現れます。
いよいよ夏本番、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
境内に池がありまして、格好の水飲み場で、
いろんな鳥が水を欲してやってきます。
このところ、境内にキジバトのつがいが現れます。
どうやら今年も巣を作る場所に選んでくれたようです。
キジバトは近づいてもなかなか逃げなくて、様子を伺っているようです。
こちらが玄関に入るのに気を遣うようです(苦笑)
ちょっと脅かしてしまったのか、慌てて飛び立ったことがありました。
少し時間が経って境内に目をやると、抜けた羽がちょっとずつ動いています。
見ると蟻たちが運んでいました。
蟻の巣の入り口まで運ぶ1匹。
巣の中へどうのように運ぶのだろうか気になりましたが、
暑い日差しに見届ける間もなく、家の中へ戻りました。
暑い夏。
動物たちはそれぞれに活動しています。
時に、水のお世話になり、日陰のお世話になって、
また、その活動が循環していきます。
クーラーや扇風機のお世話になる夏。
それがまた循環していく働きとなっていくよう、
信心生活をともどもに進めてまいりたいと願っております。
2016年6月3日金曜日
六月。
初夏よりも、夏を思わせる五月の半ばを過ぎ、
いよいよ六月を迎えました。
今年はだんだんと夏に移行していくのでしょうか。
さて、毎月発行している教会報があります。
月末月初はパソコンとにらめっこなのですが。
、
現在使用しているパソコンをWindows10にバージョンアップさせたところ…
内蔵のカードリーダーがSDカードを認識しなくなりました。
画像が読み込めないわけです。
インターネットで調べると似たようなことを質問している方も多いようです。
外付けカードリーダーを買わなくてはかなぁ…と感じております。
そうとして、これまでパソコンのお世話になって、
教会報が作成できていたことを、前提としていかなくてはいけませんです。
さてさて、1年の折り返しとなる六月。
上半年の御礼を重ねてまいりたいと願っております。
いよいよ六月を迎えました。
今年はだんだんと夏に移行していくのでしょうか。
さて、毎月発行している教会報があります。
月末月初はパソコンとにらめっこなのですが。
、
現在使用しているパソコンをWindows10にバージョンアップさせたところ…
内蔵のカードリーダーがSDカードを認識しなくなりました。
画像が読み込めないわけです。
インターネットで調べると似たようなことを質問している方も多いようです。
外付けカードリーダーを買わなくてはかなぁ…と感じております。
そうとして、これまでパソコンのお世話になって、
教会報が作成できていたことを、前提としていかなくてはいけませんです。
さてさて、1年の折り返しとなる六月。
上半年の御礼を重ねてまいりたいと願っております。
2016年5月3日火曜日
ゴールデンウィーク。
熊本の被災地では復興に向けて、
ボランティア活動も始まりました。
このゴールデンウィークを利用して、という方も多いと思います。
また、自分へのご褒美に、家族に会いに、仲間と共に。
それぞれ予定を立ててのこともあるでしょう。
九州全体の宿泊予約のキャンセルが50万件以上とのこと。
やむを得ない部分もあります。
また、自粛ということについて、いろいろと議論もありました。
私も考えさせられます。
楽しんでいてよいのだろうかという気持ちになります。
被災地への祈りを込めて、
今目の前にあることに真摯に取り組ませていただく。
それが先ず自分にできることであるかな、と感じます。
自分として、整えていく。
しっかり祈れるように、支援できるように。
先ず自分にできることを、身近なところから
取り組ませていただきたいと思っています。
2016年4月16日土曜日
熊本地震。
平成28年熊本地震で被災された方々に、心よりご祈念申し上げます。
亡くなられた方々の御霊のお道立てを
被災された方々の心身の健康を
救命救助に、復旧作業にあたる方々の安全を
北東へ延びる震源地が収まりますように
大雨による二次災害の影響が出ませんように
支援物資が行き渡りますように
亡くなられた方々の御霊のお道立てを
被災された方々の心身の健康を
救命救助に、復旧作業にあたる方々の安全を
北東へ延びる震源地が収まりますように
大雨による二次災害の影響が出ませんように
支援物資が行き渡りますように
2016年2月14日日曜日
マネジメント。
さて、私は最近「六秒」というものを意識しています。
あるテレビ番組で元サッカー選手の前園さんが
「アンガーマネジメント」というものを紹介されたことがありました。
アンガーは怒りを指します。
その基本的な考えとして「怒りは最初の六秒間」というものがあります。
怒りが芽生えたとしても、六秒間我慢すると落ち着いてくるものらしいです。
ですので、カチンと来た時に、その六秒間をどう過ごすかに目を向けます。
「今、怒りが出ている。六秒間様子を見てみよう」と
冷静に自分を眺めてみる―事象を分析してみると、
また別の思考が生まれてくるようです。
人間は感情の動物と言われていますし、
喜怒哀楽は人間に必要な感情です。
怒りや哀しみはなるべく避けたいものですが、
同時に人間らしさを形成するものでもあります。
感情が動くのはしょうがないことです。
アンガーマネジメントでは、怒りは怒りとして、
その後をどう対処するかに目を向けています。
その怒りに自分が出会った時での六秒間。
私はこの「六秒」を「神様に心を向ける時間としてみたらどうだろうか」
というふうに捉えて、現在進行形で取り組んでいて、実験の真っ最中です。
衝動に駆られることがあります。そんな時こそ、より神様を意識する。
「神様から六秒間の猶予をいただいているんだ」と考える。
先ず、心の中に神様の働きを受け取ろうとする前段階での態勢を考える。
そしてバランスが崩れているわけですから、次に体勢づくりをする。
物事への初動として二段階、二段構えが必要ではないかと思います。
あるテレビ番組で元サッカー選手の前園さんが
「アンガーマネジメント」というものを紹介されたことがありました。
アンガーは怒りを指します。
その基本的な考えとして「怒りは最初の六秒間」というものがあります。
怒りが芽生えたとしても、六秒間我慢すると落ち着いてくるものらしいです。
ですので、カチンと来た時に、その六秒間をどう過ごすかに目を向けます。
「今、怒りが出ている。六秒間様子を見てみよう」と
冷静に自分を眺めてみる―事象を分析してみると、
また別の思考が生まれてくるようです。
人間は感情の動物と言われていますし、
喜怒哀楽は人間に必要な感情です。
怒りや哀しみはなるべく避けたいものですが、
同時に人間らしさを形成するものでもあります。
感情が動くのはしょうがないことです。
アンガーマネジメントでは、怒りは怒りとして、
その後をどう対処するかに目を向けています。
その怒りに自分が出会った時での六秒間。
私はこの「六秒」を「神様に心を向ける時間としてみたらどうだろうか」
というふうに捉えて、現在進行形で取り組んでいて、実験の真っ最中です。
衝動に駆られることがあります。そんな時こそ、より神様を意識する。
「神様から六秒間の猶予をいただいているんだ」と考える。
先ず、心の中に神様の働きを受け取ろうとする前段階での態勢を考える。
そしてバランスが崩れているわけですから、次に体勢づくりをする。
物事への初動として二段階、二段構えが必要ではないかと思います。
2016年2月2日火曜日
大きく。
最近ある言葉を知りました。
大根はいびきをかいて育ち、白菜はあぐらをかいて育つ
この言葉はいつ、誰が言い出したかは分かってはいません。
ただ、著名な詩人である高村光太郎さんの
『ブランデンブルク』という詩にある
「三畝のはたけに草は生えても
大根はいびきをかいて育ち
葱白菜に日はけむり
権現南蛮の実が赤い。
という部分が変化してのもの、みたいです。
ちなみにブランデンブルクはバッハの協奏曲を指します。
高村光太郎さんがブランデンブルク協奏曲を聴く中で、
情景を思い浮かべての詩です。
畑に草は生えても、大根はいびきをかいて、白菜はあぐらをかいて育っていく。
雑念に苛まれますが、願い手、祈り手として、
どこを捉えさせていただくべきか。
事柄を通して大きく育つもの―見逃さないようにしていきたいものです。
大根はいびきをかいて育ち、白菜はあぐらをかいて育つ
この言葉はいつ、誰が言い出したかは分かってはいません。
ただ、著名な詩人である高村光太郎さんの
『ブランデンブルク』という詩にある
「三畝のはたけに草は生えても
大根はいびきをかいて育ち
葱白菜に日はけむり
権現南蛮の実が赤い。
という部分が変化してのもの、みたいです。
ちなみにブランデンブルクはバッハの協奏曲を指します。
高村光太郎さんがブランデンブルク協奏曲を聴く中で、
情景を思い浮かべての詩です。
畑に草は生えても、大根はいびきをかいて、白菜はあぐらをかいて育っていく。
雑念に苛まれますが、願い手、祈り手として、
どこを捉えさせていただくべきか。
事柄を通して大きく育つもの―見逃さないようにしていきたいものです。
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